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伊藤靖浩くん。
2021.2.12018年の夏、心当たりのない人物からFacebookのメッセージが届いた。突然の連絡を詫びる言葉から始まるその文章には、「FBで偶然見かけたのですが、もしかして36年前に渓流で出会った江副さんですか?人違いならごめんなさい」とあった。たちまち、記憶が甦った。
釣り師の宴。
2020.12.28僕の釣りは基本単独行なのだが、ヤマメ釣りは時折気の置けない釣友と遊ぶことがある。気づくと、テンカラやエサなど釣法は違えど、ヤマメを追う釣り仲間たちと繋がって、ちょうど4人揃ったときに、ふざけて釣りおバカカルテットなどと称したのがコトの始まり。
川キリギリス。
2020.10.5釣り人はいつも魚泥棒だ。年柄年中、川や海にいる魚を釣り上げることばかり考えている。僕はもう40年来の川の釣り人で、大きなヤマメやアユを一匹でも多く釣り上げることに没頭してきた。何よりも釣りを優先し、少しでも川に居ようと悪だくみを絶やさない。
真夏の昼休み。
2020.8.12そもそも昼休みなんて概念がない。始業も終業もそうだ。曜日も仕事関係のやり取りで意識することがあるくらいで、自分の中では平日か休日かの区別程度。起きてから寝るまで、仕事は常にしてるし、一方でクライアントが絡む打合せや会議以外はいつでも休みになる。
雨雲レーダー。
2020.8.5天気がどうなるか、気にならない人はいない。東も西も、今も昔も、会話の始まりは天気の話だ。中でも雨。降る降らないは一大事。傘の携行は子どもから大人まで一日を左右するし、農家にとっては命にさえ影響を与えるシリアスなテーマだ。僕なら釣りとジョグ。
沈んでいた。
2020.6.25人間にミスは付きものだ。粗相をしない人などいない。かと言って、ミスによる被害や悔恨から自由になれるわけではない。僕も人並みかそれ以上に失敗をする。その中身は数々あれど、特に目立つのが水難系だ。釣り人だから?いや、必ずしもそうでもないという話。
あるがまま舎閉店。
2020.4.1寝耳に水だった。20年程通った蕎麦屋。ヤマメ釣りなどで度々訪れる大分県九重町の飯田高原。標高1000mのこの地に、あるがまま舎はある。蕎麦屋だが、珈琲も飲める。マフィンもある。町から離れた釣りの合間にこのメニューは有り難かった。それが閉店。
鍋とリール。
2020.1.7料理をすることが増えた。我が家の事情でそうなったのだが、それが日常になってくると、いやでもスキルは上がる。味噌汁を作る鍋、炒め物などをするフライパン。鍋類で多用するのは、だいたいこのふたつ。鍋はともかく、フライパンは片手で振り回すことになる。
秋よ春よ。
2019.10.15鮎釣りが終盤を迎え、川の色は澄み始め、川面を滑る風はいつしか涼風に変わる。朝晩は、めっきり気温を下げて、日課の朝の散歩は、半袖から出た腕やビーサンの素足が冷たく感じ始める頃。そんなとき現れる大好きな花がある。金平糖を散らしたようなミゾソバだ。
川よ、さらば。
2019.10.9春のヤマメ釣りに始まった川通いは、鮎の納竿を持ってその幕を閉じる。3月から数えて7ヵ月強。毎年、半年以上に亘って、川を想い、釣りに遊び、魚と戯れる。しかし、いざオフになったら、きれいさっぱり川から釣りから遠ざかる。このパターンをもう40年続けている。
熊本川辺川。
2019.9.8名前はもちろん知っていた。伊達に釣り人はやっていない。球磨川の上流部、鮎で著名だが、釣り仲間たちからは本流でヤマメのライズがあると聞いていた。もっとも、基本遠征をしないので、他人事のように眺めていただけだった。それが突然我が事になりそうな展開。
職漁師誕生。
2019.8.5ずっと釣りが本業とうそぶいてきた。ヤマメのフライフィッシングは今季が39年目。鮎の友釣りは、今季が13年目。一生幸せになりたければ釣りを覚えろと喝破した中国の古諺を引き合いに出すまでもなく、釣りを知らない人よりはきっと幸福なんだろうと思っている。
梅雨に籠もる。
2019.7.11五月の陽光が熱を強めて行き、初夏の陽射しが勢力を高める頃、出鼻をくじく梅雨が訪れる。ヤマメ釣りを存分に楽しんでのち、夏最大のエンターテイメント、鮎の友釣りが5月下旬に解禁になる。満を持して、長竿を担ぎ、流れに立ち込み始めると、嗚呼入梅の知らせ。
鮎、福島へ。
2019.6.30東日本大震災から5年が過ぎた頃、福島県のブランド推進課の皆さんが、日田を訪ねて来られた。曰く、ようやく本来の仕事に戻れますと。この未曾有の災いに関しては、日本中が胸を痛めたが、かと言って何をすればいいのか、途方に暮れた方が大半だったに違いない。
真夏の耽溺。
2019.6.12鮎釣りを始めたのは、次男が生まれた年だからもう13年目になる。それまで、春から秋まで、ヤマメのフライフィッシングに現を抜かしていたが、渓流で鮎釣り名人に出会ったのが運の尽き。まったくタイプの異なるこの釣りのいろはを習って、瞬く間に没入した。