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3Dパズル。

2026.6.4

新居で引っ越し荷物の荷解きと整理をしていて、そう思った。正確には数えてないが、100個近いダンボールが、3LDKのマンションに運び込まれる。事前の断捨離で、かなり減らせたと思っていただけに、次々に運ばれるダンボールを見ていると、やおら不安になった。

by 江副 直樹 

月光の晩酌。

2026.5.28

月の光はいい。花鳥風月という美しき指標にも、最後に月が出てくる。花見のように月見をする風雅。新居に移って間もなく、月の光がリビングに差し込んでいた。旧宅でも経験したが、それ以上の煌々たる月光だった。これはバルコニーで月見ができるじゃないか。

by 江副 直樹 

数えてみたら、人生で11回目の引っ越しだった。始まりは、間借りをしていた佐賀市内のお寺から、父親の転職で北九州八幡の仮住まいへの移住のような引っ越し。すぐ後に青山2丁目の店舗付き住宅へ。高2のとき、父が独立して米穀店を開業するため下上津役へ。

by 江副 直樹 

直観の凄み。

2026.5.15

僕のライフワークのひとつに、「直観の復権」というのがある。どなたにでもあると思うが、なんとなく感じる心地よい印象、逆にどことなく忍び寄る違和感。しかし、多くは数値や論理を優先する。今回のテーマは、その手前の「感じる」という意味について。

by 江副 直樹 

引っ越しが決まる前から、固定電話の必要性については、そろそろ決断したいと思っていた。デスクのすぐそばに置いてはあるが、コール音がなることなんて、月に1度あるかないか。仕事に集中しているとき、突然電話が鳴って、驚いたことは数えきれない。

by 江副 直樹 

睡眠は重要だ。生きていく上で、どのような眠りをしているかは、日々のクオリティを決めていく気がする。ずっとベッドである。とは言っても、25年くらい。福岡にいた頃は、夫婦ふたりで2DKに住み、和室に布団を敷いて寝ていた。以後は、専用寝室のある暮らし。

by 江副 直樹 

ジョグ卒業?

2026.4.24

ちょうど2015年の秋から走り始めた。登山とランニングは大嫌いと常々公言しているが、前者はここのえ低山部として違う角度の愉しみを見つけ、後者はスロージョギングを知ったことで、ランニングへの向き合い方ががらりと変わった。そしてまさかのジョグ開始。

by 江副 直樹 

息子とZoom。

2026.4.17

どれくらいの頻度だろう、長男とZoomをする。ヤツは東京にいて、3年ほど某有名レストランで料理人をしていた。水泳三昧の高校卒業後、短期留学をし、その後調理専門学校に進み、その世界へ。しかし、いつの間にかイラスト描き始め、公式インスタも開設した。

by 江副 直樹 

46回目の春。

2026.4.10

ヤマメの釣り人は、人生を春で数える。僕は、24歳の春に渓流デビューして、早46回目の春を迎えた。当時は北九州に住んでいて、南へ約2時間車を走らせ、英彦山の野峠を越えて、山国川源流に通っていた。忘れもしない最初の1匹は、槻木の藤原という渓で掛けた。

by 江副 直樹 

僕の暮らしをかたちづくる2つのプロダクト。それが、Macと釣り竿だ。Macは公私に渡り、釣り竿はプライベートで、生活の中心にある。特にMacは、いつの間にか生活インフラのど真ん中に鎮座している。釣り竿はフライ用と鮎用の2種類が、僕にとっての神器の如く。

by 江副 直樹 

ココロが先。

2026.3.27

そして、アタマが後。僕たちは、この真実を忘れがちだ。感じてから、考えるのだ。科学も必ず後追いしかできない。僕が日々の仕事でフル活用しているデザインも、このココロに訴えかける方法論だ。ところが、ココロ先行で暮らしてるのに、つい忘れてしまうんだな。

by 江副 直樹 

名誉の強欲。

2026.3.20

社会は成熟すると、人々はより強欲になると思っている。例えば、汚いものを排除したがる。同様に、毒を嫌うようになる。そして、美しい名誉を欲しがるようになる。例えば、資本主義にまみれた一般企業じゃなく、利益を追い求めないNPOが好まれたりするあの感じ。

by 江副 直樹 

取り敢えず。

2026.3.13

取り敢えず、とは決断の留保である。そんなことを改めて思った。いま、引っ越しを控えていて、溜まりに溜まった荷物をいかに選別整理をするかを迫られている。将来的に要不要がわからないとき、暫定的に保管しておくという話になる。誰しも心当たりがあるだろう。

by 江副 直樹 

美と利。

2026.3.6

あるとき、ふとこの二文字が浮かんだ。みなさんもそうだと思うが、僕は常にこの世の中を、あるいはその一角にいる自分自身を、いかに合理的に説明できるか、あるいは解釈できるかにくんずほぐれつしている。そして美と利だ。人によってめざす価値の決定的な違い。

by 江副 直樹 

OSと自然。

2026.2.26

人智を支える見識は、すぐに直接役立つものではない。そんな知のカタチを教養と言う。僕はさらに、それをOSと言い直している。人情はアプリケーションを集めたがるが、本当に我々を救う知の胎盤は、間違いなく堅牢なOSだ。そして、それは子ども時代に作られる。

by 江副 直樹 
EZOE naoki

田舎を拠点のプロデュース稼業。その日々仕事雑感、問わず語り。

by EZOE naoki

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