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tag:文化

僕が1日で最も長く過ごす場所。それは2階の書斎だ。出張を除けば、ほぼここであれこれをやっている。奥行700mm、長さ3,150mmの細長い壁付けのデスクが2本。元々これを4等分して家族4人で使っていたのだが、2年前からはすべてが僕だけのスペースになった。

by 江副 直樹

粗食礼賛。

2025.2.12

ずっと我慢している。食べ物の話だ。かれこれもう40年近く。いまも食欲は旺盛だが、それを解放したらたちまち太る。しかし外食の機会は当然ある。それを忌避するほど野暮ではない。ただ、それを続けると少し厄介なことになる。僕は過去痛風になったことがある。

by 江副 直樹

休日会議。

2025.2.6

休日に会議や打合せが時々ある。しかも年々増えてきている。休みの日まで仕事かよと呆れる向きもあるやも知れないが、年中無休と言うことではない。週7日のカレンダーとあまり関係ない設定が増えていると言った方がいいだろうか。そして存外これが気楽で心地良い。

by 江副 直樹

少年の心を持ったとか、永遠の少年とか、天真爛漫な純粋さを失わない大人の男への褒め言葉がある。良く言えばそうだが、一向に社会的成熟が身につかない連中のことでもある。そしてあるとき気づいた。自分の周りにいる愉快な大人たちは、大半がこの類なのだ。

by 江副 直樹

学校と名が付く場所には、いくつか行った。一方的な私淑もあるが、専門性については、そのノウハウを手取り足取りという経験はない。さらにデザインなどは、誰にも習っていない。つまり、明確な師匠と呼べる人物はひとりとしていない。振り返ればすべて独学。

by 江副 直樹

月光の訪れ。

2025.1.13

自宅の周辺は、夜は闇に包まれる。境内横の古い住宅地は、外灯の類も最低限でわずかな明かりを放つだけ。初夏のホタルもだからこその美しさ。静けさとも相まって、とても穏やかな佇まいが気に入っている。中でも、満月の時などはさらにその風情が深まるのである。

by 江副 直樹

OSの統合。

2025.1.7

あらゆる方法とそれを実践する組織、さらにそれらが集う業界は、必ず経年劣化を起こす。時が動いている以上、これは宿命だ。かのダーウィンも、生き残るのは強者ではなく、変われる者だと言った。つまり、不断のアップデートを続ける者だけが変化に適応する。

by 江副 直樹

年が明けた。69歳になったが、相変わらず元気だ。いまも疲労を感じることはあまりない。昨夕も走り納めをしてきた。ひとりで迎える2年目の正月。朝、ビールを飲みながら雑煮を作り、美味しくいただいたら、百段階段を上がって、参拝をし、干支の置物を買おう。

by 江副 直樹

気づけば師走。たちまち年末。もう数日で僕は69歳になる。1年後にはなんと古希。信じられない。同世代はすでに現役を退いている方々も多いなか、僕はいまも新しいプロジェクトが着実に起こって、今年も西から東まで、日本中を飛び回った。ありがたき幸せ。

by 江副 直樹

挨拶の距離。

2024.12.18

出張時を除けば、毎朝散歩をする。眼前の百段階段を上がって、境内を抜け、後は気分の赴くままに、あっちへフラフラこっちへフラフラ。およそ30分程度の逍遙なのだが、ジョグのない日や週末は、少し脚を伸ばすことも度々だ。そこで面白い感覚を味わうことがある。

by 江副 直樹

初冬の錦絵。

2024.12.12

秋が遅かった。今年ほど紅葉の進行がゆっくりだったことはない。11月上旬、毎年通う大分県庄内町の男池の森に出かけた。噂通り、木々の色づきはさっぱりだった。過去こんな状況は経験がない。暑い夏が長引いて、秋が短いなどという声も聞こえた。もはやこれまでか。

by 江副 直樹

訳せば、守備的ということになる。仕事の仕方のことだ。何度も言っているので、自分でも半ばウンザリしているが、度々類似の状況が現れるので、またぞろ繰り返すことになる。関係者の関心が、なぜか攻撃より守備に集中してしまう、後ろ向きな思考の愚かさと滑稽さ。

by 江副 直樹

柿豚料理会が始まったのはいつだったか。いまはおぼろだが、僕ら家族が宝珠山村(現東峰村)に暮らしていた頃、そこで出会った若松亮太くんがきっかけだったと思う。共同通信の記者という本業と、地味な風貌からは想像もつかない過激な料理人。すべての始まり。

by 江副 直樹

恐竜は、自分たちが滅びることをどれほど自覚したのだろうか?強大な種となって、天敵もおらず、わが世の春を謳歌していたのだろうか?話は恐竜にとどまらない。あらゆるヒト、モノ、コトが同様の道筋を辿る。変化は目に見えず、、多くはそれに気づかない。

by 江副 直樹

水玉LOVE

2024.11.12

水玉が好きである。英語で言うとpolka dots。いつの頃からか、水玉柄のシャツを好むようになった。高校時代からトラッド熱に浮かされ、ファッションにハマりすぎて、数年後には突然ウンザリして、作業着やパジャマで過ごしていた時期もある。熱病のような変遷。

by 江副 直樹
EZOE naoki

田舎を拠点のプロデュース稼業。その日々仕事雑感、問わず語り。

by EZOE naoki

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