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江副の樹?
2023.11.12ここのえ低山部の、山の先輩たちに、そんな名前の木があると聞いたときは、もちろん冗談だと思った。いや本当にあったのだ。毎年、必ず春の新緑と秋の紅葉を楽しみに訪れる大分県庄内町男池。有名な湧水から少し歩いた先にこの木はある。見上げるほどの見事な大樹。
深更の思索。
2023.11.6早寝をすると必ず夜中に目が覚める。本当は朝まで前後不覚で熟睡したいのだが、加齢のせいかままならない。そうなればもう開き直って、PCを開いて、電子図書を読んだり、YOU TUBEを渉猟したりする。それは表層の快楽のようでもあるし、深い思索のようでもある。
ロジカル。
2023.10.31タイトルを「思考の整理」にするか迷った。まあ伝えたいことはほぼ同じ。プロデュースに関するレクチャーなんぞをしていると、たまに「なぜ、それを良いと思ったのか?」とか、「自身のアイデアに迷いはなかったのか?」といった問いを投げられることがある。
ムカゴに興ず。
2023.10.25もう毎年のこと。釣りが終わって、10月の声を聞く頃、あちこちで視界に入ってくる。細面のハート型の葉っぱが、急に目に付くようになって、どれどれ実は付いたか?とモードの転換が起こり、つまり秋が始まる。となると、俄然朝の散歩が楽しくなってくる。ムカゴ。
リセット力。
2023.10.1910年近くジョグを続けていて思うことがある。オリンピックに出るようなトップランナーたちは、同じ人間とは思えない異次元のレベルで、僕のような凡庸なジョガーを驚かすが、いったい何が優れているんだろうか。最近なんとなくわかってきた。それは回復力。
映画のように。
2023.10.13いやなに、仕事の仕方についてである。僕の会社ブンボは株式会社だが、経理作業を除けば基本ひとりでやっている。アシスタントがいたこともあったが、毎日出社してもらうようなことでもなかったし。結局、コピーライター時代のフリーランスと何ら変わっていない。
ドングリの音。
2023.10.7毎朝、境内へ通じる百段階段を上がる。そこは両側に大木が生い繁っていて、春夏秋冬さまざまな表情を見せる。春は若葉が萌え出し、夏は鬱蒼とした緑陰が涼を生み、秋は紅葉と落葉がはかなげで、冬は木々が葉を落とし切り、日射しが広がり意外にも明るくなる。
2匹の尺物。
2023.10.1僕の釣りシーズンが終わった。3月から5月までは山女魚のフライフィッシング。6月から9月までは鮎の友釣り。山女魚は14回と例年並みだったが、鮎は長雨に祟られたこともあり、20回と少し控えめだった。もっとも回数ではない。興奮の密度こそが求めるところだ。
関係を作る。
2023.9.19この世はすべて、目に見えるものと見えないものでできている。前者を具象と言い、後者を抽象という。見えるものだけでそれらを解釈し、説明しようとすると、表層をなぞらざるを得ず、当然本質から遠ざかることになる。ありとあらゆるものにこの構図は付いて回る。
旧メディア凋落。
2023.9.13時代は変わる。刻々と、確実に。テクノロジーの進化は、そのめまぐるしさにおいて、驚愕の一途。かたや、人の営みは何万年も、それほど大きな変化はない。古今東西、食べて、働いて、子孫を残す。変わるものと変わらないもの。不易流行とはこのことだろう。
抽象的仕事。
2023.9.7プロデュース。わかりづらい仕事のようだ。チームスポーツの監督に喩えたり、オーケストラの指揮者になぞらえたりするが、そこで膝を打つ人はそんなにいない。過去の実績を知って、ボンヤリ納得していただくことが最も多いだろうか。見えるのはそこだけだから。
和を以て貴し?
2023.8.26このブログは、基本時事ネタは扱わない。時間が経って読んだとき、意味が通じないのを避けるためだが、例外もある。最近、広島県安芸高田市の石丸市長対議会の対立が話題になっている。僕もYOU TUBEで何度か拝見したけれど、過去ここまでの衝突は見たことがない。
余計な一杯。
2023.8.18時々呑みに出掛ける。そして、ここが適量とわかっちゃいるけど、ついもう一杯とやってしまうのはなぜ?気の置けない仲間と硬軟取り混ぜた馬鹿話と共に呑む酒は、最高に美味しく楽しい。酒は決して強くはないし、たかが知れているけれど、やっぱり今夜ももう一杯。
大衆受けの罠。
2023.8.12面倒を取り除けば、コトはわかりやすくなる。一番大事なところこそ面倒が伴っている。これはもう古今東西の世の理。社会に対して、新しいメッセージを持っている人は、当然その核心を伝えたいと考える。ところがここが最も難しい。歴史に実例はいくらでもある。
罪深きは弱さ。
2023.8.6優しい社会は優しさでは作れない。僕が良く言う繰り言。強くなければ優しくはなれない。と続く。今日8月6日は、広島に原爆が落とされた日。3日後には長﨑にも同じ悲劇が刻まれた。疑いのないホロコースト。しかし、なぜそんな状況に陥ったのか。50年前の衝撃。