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tag:食

トマトの夏。

2021.10.1

わが家には、畑がある。小さな小さな極小農園。名を一畳農園という。文字通り、畳一枚ほどの広さしかない。村暮らしの頃は、10坪ほどの畑を借り、時には耕運機まで走らせて、数種の野菜を育てていたから、それに比べればまったくの猫の額。ところがどっこい。

by 江副 直樹

ほぼ毎朝、朝食を作っている。数年前の逆単身赴任がきっかけで、元の暮らしに戻っても、なぜか僕の役回りになった。簡単なオカズを作ることもあるし、女房様が拵えた作り置きが出ることもあるが、味噌汁は必ず作る。いろんな野菜を具として、すり味噌を溶いて。

by 江副 直樹

釣り師の宴。

2020.12.28

僕の釣りは基本単独行なのだが、ヤマメ釣りは時折気の置けない釣友と遊ぶことがある。気づくと、テンカラやエサなど釣法は違えど、ヤマメを追う釣り仲間たちと繋がって、ちょうど4人揃ったときに、ふざけて釣りおバカカルテットなどと称したのがコトの始まり。

by 江副 直樹

関西周遊。

2020.12.21

11ヵ月ぶりの飛行機だった。コロナ禍は、僕のワークスタイルにも少なからぬ変化を強いた。もっとも、元来リモートを前提の田舎暮らしでもあって、オンラインの普及は僕にとってはほくそ笑むような一面もあったのだが、動けないと動かないは、やはり異なる。

by 江副 直樹

キッチンの後片付けのことである。元々、夫婦2人の頃から分業制だったし、家事には特段の抵抗はない。加えて、12年間の村暮らしでは、食洗機がなかったこともあり、早起きの僕が食器の拭き上げと格納の担当になった。この時に気づいたのだ。その地味な快感に。

by 江副 直樹

遂にその日がやって来た。長男の旅立ち。ほぼ1年前にも似たような状況があったっけ。そのときの行き先はオーストラリア。半年の語学留学。水泳のスポーツ推薦で入った高校では、3年間水泳しかしなかった。そんな学力で大学を選ぶなんて馬鹿げてる。てなわけで。

by 江副 直樹

去年春から、ほぼ1年を掛けて、USAMI fine food &cuisineさんのお仕事をさせていただいた。それが、クリエイティブプラットフォーム大分の事業として、サポートが始まった。じっくりコンセプトを突き詰め、サイトを立ち上げた。そこへコロナ禍の襲来。

by 江副 直樹

寝耳に水だった。20年程通った蕎麦屋。ヤマメ釣りなどで度々訪れる大分県九重町の飯田高原。標高1000mのこの地に、あるがまま舎はある。蕎麦屋だが、珈琲も飲める。マフィンもある。町から離れた釣りの合間にこのメニューは有り難かった。それが閉店。

by 江副 直樹

料理をすることが増えた。我が家の事情でそうなったのだが、それが日常になってくると、いやでもスキルは上がる。味噌汁を作る鍋、炒め物などをするフライパン。鍋類で多用するのは、だいたいこのふたつ。鍋はともかく、フライパンは片手で振り回すことになる。

by 江副 直樹

酩酊の悦楽。

2019.9.27

酒が好きである。強いわけでもないのに、毎晩晩酌をする。泥酔したことはない。記憶を無くしたことも、宿酔いで苦しんだこともない。文字通り、嗜む程度。ただ、口卑しいのか、わずかな酩酊が心地よくて、1日の終わりには、必ずなにがしかの酒を器に注ぐ。

by 江副 直樹

日常の何気ない小事が、生活を根本から変えるきっかけになる。一方、特段大事には至らないために、見過ごされ、繰り返される小さな障害がある。大きな満足を追い求めつつも、ちょっとしたつまずきを無くす工夫が、意外や意外、こころの安寧をもたらしてくれる。

by 江副 直樹

山上の夜宴。

2019.8.26

僕は2年ぶりの参加だった。この山上の宴は、男池散策と並ぶ、ここのえ低山部の主軸の行事になってきた。翌朝、近所の山に登るのが唯一の低山部らしい活動だが、主役は飲食とお喋り。F隊員が営む標高800mにある旅館叶館の、美しく手入れされた庭が宴会場だ。

by 江副 直樹

ずっと釣りが本業とうそぶいてきた。ヤマメのフライフィッシングは今季が39年目。鮎の友釣りは、今季が13年目。一生幸せになりたければ釣りを覚えろと喝破した中国の古諺を引き合いに出すまでもなく、釣りを知らない人よりはきっと幸福なんだろうと思っている。

by 江副 直樹

鮎、福島へ。

2019.6.30

東日本大震災から5年が過ぎた頃、福島県のブランド推進課の皆さんが、日田を訪ねて来られた。曰く、ようやく本来の仕事に戻れますと。この未曾有の災いに関しては、日本中が胸を痛めたが、かと言って何をすればいいのか、途方に暮れた方が大半だったに違いない。

by 江副 直樹

生活習慣病。

2019.5.31

先日、アンチエイジングについて、研究者の方と話をする機会があった。お話を伺えば伺うほど、詰まるところ生き方の問題を突きつけられる感じがした。健康寿命が延び、定年年齢が徐々に引き上げられていくと、従来のライフデザインでは、間尺に合わなくなるのだ。

by 江副 直樹
EZOE naoki

田舎を拠点のプロデュース稼業。その日々仕事雑感、問わず語り。

by EZOE naoki

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