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tag:考察

世に言う田舎暮らしは、すでに20年を超えた。九州以外に住んだことがない。と言うと、ずっと出身地の地元にいるようだが、いま住んでいる大分県日田市には、縁もゆかりもない。釣り場に近いステキな田舎に住みたかった。それだけ。日田の前の東峰村も理由は同じ。

by 江副 直樹

歩いたねぇ。

2021.11.6

3日間で28km。歩きも歩いたり。こんなに歩いたことは、過去に経験がない。お仕事である。九州自然歩道の宮崎ルートの一部を歩き、感じたことをお伝えしたり、今後の利活用などを考えるというお題だ。エキスパートに交じり、なぜか僕も参加することとなった。

by 江副 直樹

山の宴再び。

2021.10.31

大分は豊後大野の山奥で、釣り仲間と絶品お寿司を堪能した翌週。今度は、九重町の標高1000mの旅館の庭で、創作イタリアンに浸る夜を迎えた。こちらは、ここのえ低山部の夏のお約束。今年は時季が少しずれたが、相変わらずの贅沢三昧。もう、この人たちったら。

by 江副 直樹

美について。

2021.10.19

僕らの日常は、判断と決断の連続。人生を決定する一大事から、極々些細なことまで。大きいか小さいか。深いか浅いか。高いか低いか。熱いか温いか。美味いか不味いか。キツいかラクか。高いか安いか。損か得か。カッコ良いかカッコ悪いか。美しいか醜いか。等々。

by 江副 直樹

開かずの扉。

2021.10.13

衣食住。人の営みをそんな風に言うことがある。纏うことも、食べることも、住まうことも、そしてそれ以外の膨大な些事を含めて、その様を生活とか暮らしとか呼んでいる。毎日やることは、首を傾げるほど色々あって、なんとなく気ぜわしく過ぎて行く。

by 江副 直樹

文章作法。

2021.10.7

気づけば、売文稼業の末席。10代の終わりには、詩を書いて生き延びられたらと考えたこともあった。子どもの頃から、作文は苦ではなかった。言霊などと言うが、文章もまた面白いものだ。誰も知る字句の組み合わせなのに、見たことのない世界や次元が現れる。

by 江副 直樹

思索に耽る。

2021.9.25

人間は考える葦である。ブレーズ・パスカルはそう言った。フランスに生まれた、数学者、自然科学者。早熟の天才の至言。人間は、思考以外の特徴は、その辺の雑草と変わらない。考え続けることだけが、人の人たる所以。ただ、なぜそうなるかもいまだわからず。

by 江副 直樹

9.11。あれからもう20年が経った。マンハッタンに屹立する2棟のワールドトレードセンターが、CGかと思わせるような事件の当事者になったあの日。抜けるように晴れ渡ったNYの空が、かえってその痛ましさを増幅させた。あの光景はとても現実のものではなかった。

by 江副 直樹

お客様の声に応える。良く耳にするフレーズだ。要望≒ニーズにしっかり応えることこそ仕事との論説は多い。ボンヤリ聞いてると頷きそうになるが、しばらく考えていると果たして本当かなと思い始める。クライアントの口からこぼれた言葉は、そのまま要望だろうか?

by 江副 直樹

たまにTVCMを見て、決して多くはないが、面白いなあと感心することがある。コピー、デザイン、演出、企画。クリエイターの端くれとして、うまいなあと唸らされることがある。ただ、ふとその世界観が、缶コーヒーを売るためなのかと気づき、急に切なくなったり。

by 江副 直樹

行間を掬う。

2021.8.18

わからないことの方が多いはずだ。いや、この世界の話だ。新しく現れる分析や論説、方法論に違和感を覚えることが度々ある。科学や哲学は、それを解き明かそうとする行為だとして、ことビジネスの領域では結論を急ぐが余り、拙速になりがちな印象を受ける。

by 江副 直樹

善人が殺す。

2021.8.12

穏やかじゃないタイトルだ。重々承知。奇しくも、先祖の霊を迎えるとされるお盆の只中に、この国は終戦記念日を迎える。毎年毎年、僕はこの時季になると、このフレーズを改めて想い出す。20代だったか30代だったか、辿り着いた結論。繰り言万回。何度でも言う。

by 江副 直樹

かたどる、と読む。いつの間にか、言葉を生業とするようになって、もう35年を超えた。コピーライター専業は、30歳から10数年だが、プロデュース業が主になってからも、企画やイメージの伝達は、自ずと言葉が先導し、プロジェクトの可視化と牽引を担っている。

by 江副 直樹

網で獲れば?

2021.7.31

釣りをしない人に向かって、釣りが好きだけど、なかなか釣れないと嘆いたりすると、何人かは網で獲ればいいじゃないかとのたまう。釣りはするけど、ほとんど食べないんだと言うと、理解に苦しむ表情をされる方も少なくない。魚釣りは、釣ること自体が恍惚なのだが。

by 江副 直樹

SNSは鍋釜。

2021.7.25

表現がいかにも古い。すっかり日常と言いたかったのだが。いや、SNSのことである。デジタルやネットといった新たなテクノロジーが、僕らの生活に入り込んでしばらく経つ。この新参インフラに、直接間接関わりなく生きている人は、いま果たして何人いるだろう?

by 江副 直樹
EZOE naoki

田舎を拠点のプロデュース稼業。その日々仕事雑感、問わず語り。

by EZOE naoki

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