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リノベ計画。
2026.6.30一軒家から、3LDKのマンションに引っ越した。それは、生活のダウンサイジングであり、純粋なひとり暮らしの再開だった。家族はそれぞれ独立し、彼らのためのスペースはもはや不要になった。それは小さな王国の建立、僕はそのための憲法を作ることができるのだ。
どうしたDX。
2026.6.23インターネットは、随分日常になった。掌に乗るパソコンと言うべきスマホは、いまやお年寄りでも普通に持っている。僕のネット利用はかなり早かった。それが前提の田舎への移住も25年以上前の話になった。そして、AIが現れた。僕は諸手を挙げて歓迎している。
夏のワラビ。
2026.6.18春のものだと思っていた。ワラビの話だ。新居に移って、あちこち探索を続けているが、ワラビポイントを2ヵ所見つけた。もちろん、大きくなってシダのごとき風情だが、明らかにワラビである。何気に視線を泳がせていると、おや、新芽があるではないか。夏なのに?
田舎の三年より。
2026.6.11京の昼寝と続く。昔々の都市と地方の情報格差を揶揄したものだ。ネットもなかった頃は、本当にそうだっただろうと想像する。しかし、いまはどうだ?在所に関係なく、ほぼ同じ情報が容易に手に入る。もっとも、本人のリテラシーによるところはとても大きいけれど。
3Dパズル。
2026.6.4新居で引っ越し荷物の荷解きと整理をしていて、そう思った。正確には数えてないが、100個近いダンボールが、3LDKのマンションに運び込まれる。事前の断捨離で、かなり減らせたと思っていただけに、次々に運ばれるダンボールを見ていると、やおら不安になった。
月光の晩酌。
2026.5.28月の光はいい。花鳥風月という美しき指標にも、最後に月が出てくる。花見のように月見をする風雅。新居に移って間もなく、月の光がリビングに差し込んでいた。旧宅でも経験したが、それ以上の煌々たる月光だった。これはバルコニーで月見ができるじゃないか。
11度目の転居。
2026.5.21数えてみたら、人生で11回目の引っ越しだった。始まりは、間借りをしていた佐賀市内のお寺から、父親の転職で北九州八幡の仮住まいへの移住のような引っ越し。すぐ後に青山2丁目の店舗付き住宅へ。高2のとき、父が独立して米穀店を開業するため下上津役へ。
直観の凄み。
2026.5.15僕のライフワークのひとつに、「直観の復権」というのがある。どなたにでもあると思うが、なんとなく感じる心地よい印象、逆にどことなく忍び寄る違和感。しかし、多くは数値や論理を優先する。今回のテーマは、その手前の「感じる」という意味について。
メールのみ。
2026.5.8引っ越しが決まる前から、固定電話の必要性については、そろそろ決断したいと思っていた。デスクのすぐそばに置いてはあるが、コール音がなることなんて、月に1度あるかないか。仕事に集中しているとき、突然電話が鳴って、驚いたことは数えきれない。
眠りの流儀。
2026.5.1睡眠は重要だ。生きていく上で、どのような眠りをしているかは、日々のクオリティを決めていく気がする。ずっとベッドである。とは言っても、25年くらい。福岡にいた頃は、夫婦ふたりで2DKに住み、和室に布団を敷いて寝ていた。以後は、専用寝室のある暮らし。
ジョグ卒業?
2026.4.24ちょうど2015年の秋から走り始めた。登山とランニングは大嫌いと常々公言しているが、前者はここのえ低山部として違う角度の愉しみを見つけ、後者はスロージョギングを知ったことで、ランニングへの向き合い方ががらりと変わった。そしてまさかのジョグ開始。
息子とZoom。
2026.4.17どれくらいの頻度だろう、長男とZoomをする。ヤツは東京にいて、3年ほど某有名レストランで料理人をしていた。水泳三昧の高校卒業後、短期留学をし、その後調理専門学校に進み、その世界へ。しかし、いつの間にかイラスト描き始め、公式インスタも開設した。
46回目の春。
2026.4.10ヤマメの釣り人は、人生を春で数える。僕は、24歳の春に渓流デビューして、早46回目の春を迎えた。当時は北九州に住んでいて、南へ約2時間車を走らせ、英彦山の野峠を越えて、山国川源流に通っていた。忘れもしない最初の1匹は、槻木の藤原という渓で掛けた。
名誉の強欲。
2026.3.20社会は成熟すると、人々はより強欲になると思っている。例えば、汚いものを排除したがる。同様に、毒を嫌うようになる。そして、美しい名誉を欲しがるようになる。例えば、資本主義にまみれた一般企業じゃなく、利益を追い求めないNPOが好まれたりするあの感じ。
取り敢えず。
2026.3.13取り敢えず、とは決断の留保である。そんなことを改めて思った。いま、引っ越しを控えていて、溜まりに溜まった荷物をいかに選別整理をするかを迫られている。将来的に要不要がわからないとき、暫定的に保管しておくという話になる。誰しも心当たりがあるだろう。


