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tag:好縁奇縁

仕事的妄想。

2017.4.16

紆余曲折を経て、福岡でコピーライターになったのが、およそ30年前。13ヵ月だけ広告制作プロダクションというサラリーマンをしたが、諸事情で退社。そのままフリーになった。30代の10年はほぼコピー専業。40歳の時、ブンボ設立。その後改組して現在に至る。

by 江副 直樹

4/8日。午前10時。南畑は小雨。今日は、南畑ぼうぶら会議が開催する初めての軽トラ市「ぼうぶら市場」の日。会場にはすでに行列ができていた。今回は、タケノコ祭りと称したが、瞬く間に完売。那珂川町の南畑地区に通い始めてもう4年目。大きな一歩だった。

by 江副 直樹

僕らは、他人との縁によって生きている。袖すり合うも他生の縁。などという。僕は仕事柄、というより性格的に、人とのコミュニケーションが好きで、気づくと数え切れないご縁をいただいて過ごしてきた。あの人この人、近くの人遠くの人、好縁奇縁。趣は深い。

by 江副 直樹

弓を引く人。

2017.2.23

わが家のすぐそばに、日田市営の立派な弓道場がある。広い駐車場や射場のあちこちに桜の老木が並び、歴史の蓄積を感じさせる場所。引っ越しを決める際、決断を後押ししてくれた雅な雰囲気を保つ一角。表通りから入ると、左に荘厳な神社、右に弓道場が控えるのだ。

by 江副 直樹

組織について、考えない日はない。ここ10年程は特に。クライアントは例外なく大小の組織である。一方で、こちらは会社とは名ばかりの事実上の個人だが、常に複数のチームと仕事が進んでいる。組織とチームの違い。それは生き様の違いでさえあるように感じられる。

by 江副 直樹

濃霧と霜の元旦。境内を抜けるとき、参拝客はまだまばらだった。

年が明けた。2017年の初日、僕は61歳になった。30歳以上の自分が想像できなかった20代の頃、まさか自分がこんな老いの領域まで生きながらえるなんて、思いもしなかった。到達してみれば、肉体はともかく、気持ちは高校生の時と、ほぼ変わらない自分がいる。

by 江副 直樹

淡路再訪。

2016.12.29

大分別宅から朝一で日田へ。立ち寄ったPAから見下ろす別府湾が美しかった。

久々に淡路へ行った。この春までスーパーバイザーとして関わっていた淡路はたらくカタチ研究島。厚生労働省の雇用創出事業を活用したプロジェクトのその後を見に来た。大阪MEBICの5週連続講座の最終回に合わせ、前日に淡路入り。懐かしい面子に再会した。

by 江副 直樹

連続講座。

2016.12.25

時はクリスマス。仏教徒の家に育ったが、サンタのようなこともする。

今年もMEBICの5週連続講座が終わった。昨年の冬の終わり、同じ年の秋。そしてこの初冬が3回目。過去の2回は、25名の定員を大幅に超えて、倍の50名にしてもキャンセル待ちが出るという、にわかには信じがたい人気講座となったが、今年もまたまたお声掛かり。

by 江副 直樹

大分シフト。

2016.12.13

降ったり止んだり。昨日はボルダリング。今朝はジョギングのはずが。

昨日も今日も大分市内で目覚めた。先月からこちらにも拠点ができたのだ。半年前には、予想もしなかった2拠点生活の始まり。僕は、日田で逆単身赴任生活。数えれば、30年ぶりの一人暮らし。大分の別宅の妻子も、自分自身も早くペースを作らなければならない。

by 江副 直樹

昨日から雨。ここのえ低山部の紅葉登山の目論見も潰えてしまった。

数ヵ月前から、大分竹田に通っている。あるプロジェクトがスタートしたためだが、並行して他の案件もオファーがあった。農政課が企画する地産農産物のプロモーション、その試食会をプロデュースすることになったのである。はて、普通じゃもちろんつまらない。

by 江副 直樹