tag:文化
水玉LOVE
2024.11.12水玉が好きである。英語で言うとpolka dots。いつの頃からか、水玉柄のシャツを好むようになった。高校時代からトラッド熱に浮かされ、ファッションにハマりすぎて、数年後には突然ウンザリして、作業着やパジャマで過ごしていた時期もある。熱病のような変遷。
雑談と行間。
2024.10.18効率化などと言う。合理化などと言う。なにかの目的に向かって、直線的な最短距離を進むことを指す。成就への無駄を排する作法を意味している。言外に、カネにならないことは、極力削っていこうという心根が見え隠れする。その先に期待されるのは、果たして?
温泉会議。
2024.10.12毎日のように会議をしている。また、年間9ヵ月は、週一ペースで専門学校や大学の教壇に立っている。どちらも、努めてリラックスをして、できるだけ笑いが絶えない楽しい会議や授業を心掛けている。なぜなら、そのほうが頭脳も感覚も良く働くと考えているからだ。
リスクフォビア
2024.10.6そんな言葉があるかどうか知らない。あちこちでいろんな仕事をしていると、時々出会うあるタイプの方々。とにかくリスクを減らそうとする。不安に抗しきれず、その払拭が行動の最上位に来る。言わば、ノーリスク信仰の敬虔な信者。あるいは成熟社会の重篤な現代病。
衰退が忍び寄る。
2024.9.6成熟と劣化は表裏一体。これは、逃れようのない真実だ。成功裡に永く続くプロジェクトも、実はその裏に着実に衰退の兆しを多く孕んでいるものだ。これまでさまざまなプロジェクトを経験して、いま改めて実感している。では、なぜそうなるかを考えてみよう。
嫌いなヤツとは。
2024.8.25もう仕事したくない。と続く。僕もまったくそう思うけれども、実はこれ、クライアントの方々から言われたコメントなのだ。みなさん、50代以上でたくさんの人生経験をお持ちの熟年世代。お仕事の実績も充分に高い方々が、こんなことをおっしゃる事実に驚いた。
そのまま持つ。
2024.8.19最近、面白い話を聞いた。留学経験のある方々が、期せずして同様の思い出話をしてくれたのだが、片やアート、片や化学の領域でアメリカとイギリスの大学で味わった経験が、ほぼ同じ内容の日本人評。それは、「日本人はまとめ好き」なる皮肉だったという話。
にゃんこ飯。
2024.8.13高校の頃、体育で剣道を選択した。真冬の寒い時期,早朝に恒例の寒稽古があるのだが、その朝だけ食堂がご飯と味噌汁を用意してくれる。僕は迷わず、味噌汁をご飯にぶちまけた。うんめー。すると、僕の回りの同級生たちが、「おまえ、下品やのー」と驚いたのだ。
アタマが丈夫。
2024.8.7遅まきながら、解剖学者の養老孟司氏の人気著作を3冊ほど読んだ。「バカの壁」、「死の壁」、「超バカの壁」。どれも面白かった。物言わぬ死体を相手にする学者でありながら、虫屋でもある同氏には以前から興味があった。僕が描くインテリ像にほぼ合致する御仁。
すべては暫定。
2024.8.1例えば、政治家同士、あるいは評論家との議論で、「徹底的に議論して決めなきゃいいけない」というフレーズを耳にすることがある。至極ごもっともで、そうあって欲しいと思う反面、急を要する案件では迅速な決断が優先されるだろうと感じることも少なくない。
ヒンガネー。
2024.7.26漢字を入れると、「品がねー」となる。こんな表現を小学生が日常的に使っている姿を想像して欲しい。笑えるというか、滑稽というか、愉快というか。当時も違和感を持っていたのか、なぜか良く覚えている。もちろん、僕も常用していた。あいつ、ヒンガネーのう。
深夜の蕎麦。
2024.7.20早寝が過ぎて、夜半に覚醒する生活は、もはや日常になりつつある。それは遊んでいるような、学んでいるような、働いているような時間なのだが、時に小腹が空くことがある。普段は小鳥のような粗食を旨としているのに、ここでやにわに放埒を許すわけにはいかない。
美女と会食。
2024.7.14毎日更新しているFBやインスタに、しばしば美女との会食予定や、実際の写真をアップしている。顔はまず出さないから、見ているみなさんは、どれほどの美女なのか気になっているに違いない。特に野郎どもは。他の男がモテてるのは気になるし、なにより癪だからね。
鄙には希な。
2024.7.8ヒナニハマレナ、と読む。鄙とは田舎のことで、鄙には希な美人などという使い方をする。都会と田舎の格差が大きな時代において、田舎にしては、相対的にレベルの高いモノやコトに出会った際の、驚きの言い回しだ。田舎の三年より京の昼寝、などとも揶揄された。
公私の境目。
2024.7.2名ばかりだが、ブンボは株式会社である。しかし、オフィスは自宅の一部である。法人になる前から長くフリーランスなので、もう40年近く通勤をしていない。ブンボは一応週休2日である。しかし、曜日を問わず仕事をしている。公私の境目はないがごとくである。


