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OSの統合。
2025.1.7あらゆる方法とそれを実践する組織、さらにそれらが集う業界は、必ず経年劣化を起こす。時が動いている以上、これは宿命だ。かのダーウィンも、生き残るのは強者ではなく、変われる者だと言った。つまり、不断のアップデートを続ける者だけが変化に適応する。
2025 謹賀新年
2025.1.1年が明けた。69歳になったが、相変わらず元気だ。いまも疲労を感じることはあまりない。昨夕も走り納めをしてきた。ひとりで迎える2年目の正月。朝、ビールを飲みながら雑煮を作り、美味しくいただいたら、百段階段を上がって、参拝をし、干支の置物を買おう。
今年も暮れる。
2024.12.26気づけば師走。たちまち年末。もう数日で僕は69歳になる。1年後にはなんと古希。信じられない。同世代はすでに現役を退いている方々も多いなか、僕はいまも新しいプロジェクトが着実に起こって、今年も西から東まで、日本中を飛び回った。ありがたき幸せ。
挨拶の距離。
2024.12.18出張時を除けば、毎朝散歩をする。眼前の百段階段を上がって、境内を抜け、後は気分の赴くままに、あっちへフラフラこっちへフラフラ。およそ30分程度の逍遙なのだが、ジョグのない日や週末は、少し脚を伸ばすことも度々だ。そこで面白い感覚を味わうことがある。
初冬の錦絵。
2024.12.12秋が遅かった。今年ほど紅葉の進行がゆっくりだったことはない。11月上旬、毎年通う大分県庄内町の男池の森に出かけた。噂通り、木々の色づきはさっぱりだった。過去こんな状況は経験がない。暑い夏が長引いて、秋が短いなどという声も聞こえた。もはやこれまでか。
ディフェンシブ。
2024.12.6訳せば、守備的ということになる。仕事の仕方のことだ。何度も言っているので、自分でも半ばウンザリしているが、度々類似の状況が現れるので、またぞろ繰り返すことになる。関係者の関心が、なぜか攻撃より守備に集中してしまう、後ろ向きな思考の愚かさと滑稽さ。
22年目の柿豚会。
2024.11.30柿豚料理会が始まったのはいつだったか。いまはおぼろだが、僕ら家族が宝珠山村(現東峰村)に暮らしていた頃、そこで出会った若松亮太くんがきっかけだったと思う。共同通信の記者という本業と、地味な風貌からは想像もつかない過激な料理人。すべての始まり。
変化は背後から。
2024.11.24恐竜は、自分たちが滅びることをどれほど自覚したのだろうか?強大な種となって、天敵もおらず、わが世の春を謳歌していたのだろうか?話は恐竜にとどまらない。あらゆるヒト、モノ、コトが同様の道筋を辿る。変化は目に見えず、、多くはそれに気づかない。
水玉LOVE
2024.11.12水玉が好きである。英語で言うとpolka dots。いつの頃からか、水玉柄のシャツを好むようになった。高校時代からトラッド熱に浮かされ、ファッションにハマりすぎて、数年後には突然ウンザリして、作業着やパジャマで過ごしていた時期もある。熱病のような変遷。
雑談と行間。
2024.10.18効率化などと言う。合理化などと言う。なにかの目的に向かって、直線的な最短距離を進むことを指す。成就への無駄を排する作法を意味している。言外に、カネにならないことは、極力削っていこうという心根が見え隠れする。その先に期待されるのは、果たして?
温泉会議。
2024.10.12毎日のように会議をしている。また、年間9ヵ月は、週一ペースで専門学校や大学の教壇に立っている。どちらも、努めてリラックスをして、できるだけ笑いが絶えない楽しい会議や授業を心掛けている。なぜなら、そのほうが頭脳も感覚も良く働くと考えているからだ。
リスクフォビア
2024.10.6そんな言葉があるかどうか知らない。あちこちでいろんな仕事をしていると、時々出会うあるタイプの方々。とにかくリスクを減らそうとする。不安に抗しきれず、その払拭が行動の最上位に来る。言わば、ノーリスク信仰の敬虔な信者。あるいは成熟社会の重篤な現代病。
衰退が忍び寄る。
2024.9.6成熟と劣化は表裏一体。これは、逃れようのない真実だ。成功裡に永く続くプロジェクトも、実はその裏に着実に衰退の兆しを多く孕んでいるものだ。これまでさまざまなプロジェクトを経験して、いま改めて実感している。では、なぜそうなるかを考えてみよう。
嫌いなヤツとは。
2024.8.25もう仕事したくない。と続く。僕もまったくそう思うけれども、実はこれ、クライアントの方々から言われたコメントなのだ。みなさん、50代以上でたくさんの人生経験をお持ちの熟年世代。お仕事の実績も充分に高い方々が、こんなことをおっしゃる事実に驚いた。
そのまま持つ。
2024.8.19最近、面白い話を聞いた。留学経験のある方々が、期せずして同様の思い出話をしてくれたのだが、片やアート、片や化学の領域でアメリカとイギリスの大学で味わった経験が、ほぼ同じ内容の日本人評。それは、「日本人はまとめ好き」なる皮肉だったという話。


