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高原に寄り道。
2015.10.4運動会の日曜日。主役の次男が発熱欠席。秋晴れの下、いつもの散歩&ジョグ。
数日前、別府で山田別荘の定例会議があった帰路、前から決めていた九重の飯田高原へ寄り道をした。GW前までは、ヤマメのフライフィッシングで日を空けずに通っていたお気に入りの高原も、夏以降は鮎に耽溺して、すっかり脚が遠のいていた。およそ5ヵ月ぶり。
第3回未来デ。
2015.9.6はやる心を嘲笑うように、雷を伴う激しい雨が降る。釣りはお預け。
福岡デザイン専門学校の特別授業、未来デザインステージの今期最終講が急遽決まった。今年は、服部滋樹氏に始まり、三木健氏、そして今回は大阪芸術大学の放送学科長を務める岩崎富士男氏。今期は関西でまとまったが、そのレベルの高さたるや学生は幸運の極み。
結局は商品力。
2015.8.25淡路から戻るはずが、台風15号の威力の前に、広島泊の憂き目に。
しばらく前から仕事の半分近くを占める地域系のプロジェクト。今回も最終年度を迎えた淡路はたらくカタチ研究島へ。スーパーバイズならぬ講師役で研究会を動かす役回り。監督がバッターボックスに入った感じ。さあ、来た球をどう打ち返すか。現場のワクワク。
山の上の花火。
2015.8.5今朝は涼しかった。寝苦しいのは、お盆までの2週間。夏は意外と短い。
数日前、九重に一泊した。毎夏、高原のホテルで数泊する慣わしも、この春に経営が変わって出掛けるチャンスを見つけられずに夏になった。今回は、ここのえ低山部の会議という名の集まり。隊員の1人が隠れ家的宿をやっていて、そこで一晩過ごすことになった。
日田祇園の粋。
2015.7.24居座る雨雲を押しやって、大分には晴れ間が広がった。明日は快晴らしい。
日田市民になったのは2年前。新参もいいところだが、過去ずっと余所者として過ごしてきたので、それ自体はちっとも苦ではない。地域のお付き合いもなんとかこなしつつ、日々を送っている。釣り場に近い好条件を満喫しているだけでも、もう充分なのだけれど。
日田の山上から。
2015.7.20雨の気配を残しつつも、晴れの日が増えてきた。高気圧と低気圧がせめぎ合う。
スノーピークという会社の存在はもちろん知っていた。国産メーカーの中では、テーブルセットやテントなど、美しいプロダクトをつくるところというイメージを持っていたが、釣具メーカーほどの接点はなかった。そのスノーピークが日田に来るというではないか。
コープ男子だ。
2015.7.16年々台風の発生が早まっている。梅雨の台風は幸い九州を逸れてくれた。
生協に関わってもう10年になる。エフコープという福岡県の大きな生協との付き合いがその発端。エフコープは7年程お手伝いをさせていただいた。その後、九州の生協の集まりであるコープ九州と全国の生協の集まりである日生協との仕事へと広がった。
打合せのカタチ。
2015.6.18雨ばかり降る。梅雨だから仕方があるまい。散歩もなかなか行きづらい。
自宅外にオフィスというものを構えたことがない。フリーのコピーライター時代は、作業は原稿用紙かMacひとつ。打合せは、ほぼ広告代理店やデザイン事務所。過疎の村暮らしになると、スペースはふんだんにあるので、座敷や庭のデッキがそれに当てられる程度。
第32回未来デ。
2015.6.6今年は早くも梅雨入り。毎年のこととは言いながら、鮎解禁直後は興ざめだなあ。
そんな雨がそぼ降る昨日、福岡デザイン専門学校の特別授業、未来デザインステージが行われた。第32回目。先日の三木健氏に続く関西勢。その中堅筆頭のgraf服部滋樹氏が登場。お題は「意識を変えるデザイン手法って?」。カジュアルだが深い話、始まり始まり。
福岡の床屋。
2015.6.2日田は夏の晴れ間。このまま入道雲とは行かず、梅雨入りが控えている。そろそろか。
平均すれば月に一度くらい、美容室に行っている。村に越してから数年は、眺めの良い庭のデッキに出て、バリカンと鋏で、女房様に切ってもらっていた。青空床屋などと呼んでいたが、次男の育児と重なってだったか、いつの頃からかちゃんと店に通うようになった。
第31回未来デ。
2015.5.21朝、日田は雲ひとつない快晴。こうして夏は青を強めていく。暑くなりそうだ。
今年も始まった、福岡デザイン専門学校の特別授業、未来デザインステージ。デザインの最前線で活躍するゲストを招いての刺激満載の数時間。ついに8年目に突入。僕はなぜか当初から、司会進行を仰せつかっており、その刺激を一身に浴びている代表格である。
豆田は夕暮れ。
2015.5.1世間はGW、真っ只中。毎年遠出をせずに過ごす。休日は早めにうなぎでも。
日田には、いわゆる多数の観光客が訪れる場所がいくつかある。村に移住するずっと前、夏のヤマメ釣りの頃、平日の昼間に訪れて、豆田町という白壁土蔵の並ぶ風情あるエリアを知った。お気に入りの店も見つかって、いつしか移住のイメージが膨らんでいった。
共に闘う人。
2015.4.710日振りに日田に戻ってきたら、大好きな桜はとうに盛りを過ぎていた。無念。
僕には、一緒に仕事をする人の条件というものがある。いや、条件ではない。期せずして、満たされない状況も生まれてしまうこともあるから、そうあって欲しい希望と言うべきか、そうあるべき理想と言うべきか。さらにこれは、公私に亘ってそうかも知れない。
人に会う旅。
2015.4.3マッハッタンは小雨。家族の体調を鑑み、スケジュールを変更。休日に。
昨夜はこの旅のメインイベント。在米45年のKさんに再会した。10年前の訪問時、SOHOのアートイベントで初めてお目に掛かり、その後ネットで投句や選句を行うネット句会にお誘いいただいた。ご職業も正確に知らず、袖をすり合ったほどの邂逅が、今ここに至った。
10年振りのNY。
2015.3.30桜の開花が間近に迫った日本を出て、粉雪が舞うNYに降り立った。10年振り。
海外は実に久しぶり。パスポートも切れていた。FBはもちろん、ブログもやっていない頃、いくつかの国には行ったことがある。初めての外国はNZだった。35歳という晩生。その翌年、ヨーロッパにバックパック。さらにその翌年にはUSA視察大名旅行と続いた。


