OSと自然。
2026.2.26人智を支えるものは、すぐに直接役立つものではない。そんな知のカタチを教養と言う。僕はさらに、それをOSと言い直している。人情はアプリケーションを集めたがるが、本当に我々を救う知の胎盤は、間違いなく堅牢なOSだ。そして、それは子ども時代に作られる。
自然が大切と誰もが言う。しかし、なぜという問いに答えられる人は少ない。僕はこんな仮説を持っている。前出のOSを育む無限の刺激こそが自然なのだと。生まれ出て、世界を把握しようとする赤子は、五感をフル動員しているはずだ。そこから思春期の辺りまで、僕らは自然からのインプットを両手を広げて受け止めようとする。OSのプログラミングだ。
ところが、大人になるにつれて、多くの少年少女は自然から遠ざかる。OSの重要さは自覚されることもなく、変わり続けるアプリケーションにまみれ、知らぬ間に疲弊していく。昨今のアウトドア人気は、本能の悲痛な叫びなんじゃないかと感じることがある。俳句や和歌の多くが、自然をモチーフとするのも偶然ではない。すべてのリソースはそこにあるから。
by 江副 直樹 2026-2-26 17:05




