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画家牧野伊三夫氏との初対面は12年前。当時暮らしていた山奥の陋屋に、画伯の友人たちと共にお運びいただいた。なんでも、仕事で関係のある飛騨と、生まれ育った九州にある日田を繋げる企みがあるとかだったが、僕は訝っていた。多分断るだろうとも思っていた。

ボランティアをあまり信用していないこともあって、そんな気分でお迎えした。座敷で珈琲や菓子をお出しして話が始まると、惨状にある日本の林業をなんとかできないか。日田も飛騨も林業が盛んだったり、元天領だったり、類似点も多い。具体的な構想があったわけもなかったが、そんな話をしたと思う。予想外にたちまち座談の面白さに引き込まれていた。
あろうことか、僕の方から「やりましょう!」と口をついて出た言葉に、我ながら驚いた。それからグループ名が決まり、筏を川に浮かべたり、きこりめし弁当が生まれたり、先頃は生活道具研究室も発足した。僕はいまそこのお飾り社長だ。こどもの日、福岡で開催された個展にお邪魔して、改めて自分が牧野ワールドに取り込まれたことに気付いたのだった。

パーティ会場の冷泉閣川端ホテルで挨拶をする画伯。

展示会場のはこしまジャポンは、今年も大盛況だった。

12年前の真冬。築80年の分母庵に集った面々。

やはり少し若い画伯。掲載の許可は取っていない。

 

by 江副 直樹 2025-5-11 17:05 
EZOE naoki

田舎を拠点のプロデュース稼業。その日々仕事雑感、問わず語り。

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