成熟と劣化。
2023.6.12近ごろやたらと気になっている。成熟は喜ばしいが、劣化は受け入れたくない。しかし、それは表裏一体、宿命的にくっついていて、あざなえる縄のごとく、交互にあるいは同時に表れる。社会も組織も個人も同様で、時の蓄積の果てに、発酵と腐敗の混在へ辿り着く。
空腹が満たされれば、より美味なひと皿を。社会的に言えば、さまざまな課題の解決、あれこれの目標が成就されると、人はまたその上を求める。欲望には際限がない。醜聞の有り様や政治の状況を見れば、それは明らかだ。恋に正直なアイドルは罪人のように貶められ、清濁合わせ呑む実力ある政治家は遠ざけられる。自己にも他者にも純化を求め始める強欲。
組織でも個人でも、それは起こる。社会変化への対応も、地面を這いつくばるようななりふり構わない姿勢はもはや好まれない。実は深刻なサバイバルなのに、痛みを伴う改革や改善を受け入れる必死はもうそこにはない。大木はおしなべて老木なのだ。これは抗えない摂理なのか。自己革新を伴わない成熟は、ひたすら劣化の様相を呈するのみ。さあどうする?
by 江副 直樹 2023-6-12 12:12