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何を見て生きていくか。お金か、芸術か、自然か、隣の芝生か。それによって人生の彩りは大きく変わる。俗にまみれる暮らしからは到底逃げられないとしても、少しでも花鳥風月を眺めて日々を過ごしたいと思わずにはいられない。幸福感は、風雅の薬味があってこそ。

花や月を見て楽しむ文化は、アジアには類似の風習が散見されるが、日本ほど宗教から離れ、純粋に美を堪能する国はないようにも思える。僕自身は、30代の頃から花見や月見を楽しんできた。場所を選び、面子を決め、飲食を用意してコトに及ぶのだが、いまも数々のシーンを想い出し、当時の記憶の中に遊ぶことがある。花見はいまも毎年欠かさない。
僕の花見は、常に少人数。ふたりだけということも少なくない。友人たちや家族との花見、月見も何度も。昨年は、帰省した次男と花見を楽しんだし、今年は美女としっぽり過ごしてみた。また、酒器や肴や設えにちょっとした工夫を施すだけで、同じ時間が遥かに優雅になる。立って半畳、寝て一畳、天下獲っても二合半。美しいものだけを見ていたいものだ。

大原山の東側にある桜の園。椅子を担いで行った。

近ごろはご無沙汰の月見。この秋辺りにまた。

by 江副 直樹 2025-4-5 10:10 
EZOE naoki

田舎を拠点のプロデュース稼業。その日々仕事雑感、問わず語り。

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