
詩情の喪失。
2019.5.19限られた人生、できるだけたくさんの感動を重ねて過ごしたいと常々思っている。自然、美術、文学、音楽、スポーツ、さまざまなジャンルで、数多くの感動を貰う。根が感激屋だからか、毎日のように大小の感動に満たされているような気がする。この不思議な情動。
先頃、AIに関する書物を読んでいるとき、ふと思った。AIを成り立たせるのは、際立った進化をした多様なセンサー群だ。そこから、高精度の分析・演算が行われて、人間の能力を遙かに超えた速度密度で結果が出る。一方、僕らが前述のような感動をするのは、対象から送られる信号を受け取っているからではないのか。未だ、科学も届いていない微細な信号を。
この茫洋で曖昧で抽象で、野暮な数字などには置き換えられない宇宙のメッセージ。AIのもっと先、科学のさらに先。この感覚を、古人は詩情と言った。情緒と呼んだ。嗚呼、この広大無辺の知性を改めてリスペクトしたい。これはきっと、人智の上層に置かれた繊細なセンサーなのだ。これを失うことは、人類存亡の危機かも知れない。詩情、わするるべからず。
by 江副 直樹 2019-5-19 23:11