神社なかりせば。
2024.1.31神社の隣に住んでいる。比較的大きな、歴史ある荘厳なお社。偶然ではない。神社があったので、ここに住むことを決めた。10年以上前の話である。300年を優に超える神社の時間に比べれば、つい先日。どちらかと言えば、しばし住まわせていただいている感覚。
大原八幡宮というその由緒正しき社のそばに身を置いたのは、その直前に12年過ごした隣村での経験が関係している。そのさらに前から、神道に興味が募っていた。八百万の神、すべてのものに神が宿るという寛容性に、大きな可能性を感じていた。村では、山の神という場所とお祭りがあった。小さな祠と年一のささやかな祝祭。原初の祈り。これが腑に落ちた。
なぜ1週間は7日なのか?暦の捉え方、労働の意味など、若い頃から考え続けていた違和感が、異教に根拠があることを知って、それまでの無自覚の影響から、ますます距離を置けるようになっていた頃。いまは毎朝、117段ある大階段を上がって、境内を通り抜け、鎮守の杜を散策する。心穏やかに、森羅万象に想いを馳せる。僕の大切な日常は神社と共にある。
by 江副 直樹 2024-1-31 8:08