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これはずっと考えてきた。今も考えている。答が見つからないと言うより、ひとつの答に辿り着くうちに違う風景が見え始め、さらに先の答を欲してしまう感じ。自分で働いている実感が伴ったのは、30歳直前でコピーライターになってからだ。その約1年後には独立する。

成り行きでのフリーランスだったが、事務所には、電話とFAXが各一台あるのみ。当時は福岡市郊外に住んでいて、自動的にそこがオフィスにもなった。コピーライターの仕事は、特にオフィススペースは要らない身軽な生業。以来、職住はずっと同一。オフィスを持つことを考えたこともあったが、決して都心ではなかった。イメージは常に郊外か田舎だった。
その後、本当に過疎の村に移住。会社の登記も一緒に。移住の決断をさせたのは、インターネットだった。その少し前から使い始めたMacと相まって、僕は限りない自由と可能性を感じていた。Macの性能もネットのスピードも刻々とアップする。数年前からオンライン会議も増やしてきたが、この度のコロナ禍で一気に加速。ついに時代が追いついて来たようだ。

かつて暮らした東峰村の事務所スペース。朝の時間。

by 江副 直樹 2020-7-5 10:10 
EZOE naoki

田舎を拠点のプロデュース稼業。その日々仕事雑感、問わず語り。

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