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tag:自然

赤降り積む。

2018.12.1

師走の声を聞く頃、紅葉と落葉は盛りを越え、終盤に差し掛かる。花盛りの春と並んで、秋は高鳴りと胸騒ぎに包まれて過ぎて行く。毎年そうだけれど、今年はより一段と美しい風景が多かった。森はまず、ハゼの赤色から始まって、他の木々に徐々に広がっていく。

by 江副 直樹

情報、情報と日々聞こえるし、自ら言ってもいる。20年前に考えた僕のプロデュース原則は、商品と情報と空間を同時にいじるというもの。世の中のビジネス、商いの類は、およそこの原則に当てはまる。そして近頃は、この情報の意味合いが、さらに重要になっている。

by 江副 直樹

日常的な朝の散歩、春のヤマメ釣り、夏の鮎釣り。1年中、自然に接しているけれど、さらに見ておきたい風景がある。大分県庄内町にある男池は、類い希な美しい湧水として名を馳せているが、周辺の森の見事さもあり得ないほどの素晴らしい環境だと思っている。

by 江副 直樹

ルアー開発。

2018.10.7

分野を特定しない仕事をしたくて、屋号をBunbo(分母)とした。これまで、多様な領域の分子とさまざまなプロジェクトを行ってきた。毎回ジャンルが違っても、コンセプトワークと戦略提案、そしてクリエイティブディレクションが主軸となる。ここはいつも同じ。

by 江副 直樹

朝の風景。

2018.9.15

ここ最近は乱れ気味だが、長いこと5時起きが習慣になっていた。若気の至りの夜更かしは、人並みに経験もしたけれど、押し並べて朝型だ。夜明けから早朝に満ちる空気は、その後のそれとは別物と思っている。この時間にしかない特別な物質が存在しているはずだ。

by 江副 直樹

感覚の復権は、僕の中ではここ数年の大テーマだ。過剰な数値化、それ以外の無謀な切り捨て。冷徹な合理性に見えて、実は未熟な科学に止まっているような気がしてならない。その違和感を伝えたくて、さまざまな表現を探っているのだが、今回はこの言葉に辿り着いた。

by 江副 直樹

節目というのだろうか。我が人生を戯れに振り返ってみると、およそ10年前後で大きな変化が訪れているような気がする。20歳で大学を辞め、30歳でコピーライターになり、40歳で会社をつくった。50歳でプロデュース専業になった。僕はもうすぐ63歳になる。

by 江副 直樹

三隈川にまた筏が浮かんだ。黒岩橋のたもと、3隻が進水した。主宰はヤブクグリ。筑後川リバーフェスタの賑やかしに誘われて。折も折、ここ数年、今後の活動を検討する中、折しも原点回帰を考えていたヤブクグリの思惑とうまく重なった。6年ぶりの筏だった。

by 江副 直樹

野狐が来る。

2018.8.22

それは、94歳で大往生した母方の祖母の口癖だった。小学校へもまだ行かない頃、夕方まで遊び呆けていると、必ずこの言葉を投げられた。「遅うなっぎ野狐のくっぞ(帰りが遅くなったらやこが来るぞ)」。早い帰宅を促す日々のこの佐賀弁がずっと耳に残っている。

by 江副 直樹

クワシマ。

2018.8.12

クワシマからメッセが来た。唐突なのはいつも通り。クワシマの本名はコバヤシ。結婚のいきさつでなぜかそうなった。メッセはこうだ。イベントをするのでトークに出てくれ。そんな話だったので、ああいいよと取り敢えずのOKを出した。その名は城下町と市場。

by 江副 直樹
EZOE naoki

田舎を拠点のプロデュース稼業。その日々仕事雑感、問わず語り。

by EZOE naoki