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tag:暮らし

18年前、福岡市の郊外から朝倉郡宝珠山村(現東峰村)へ引っ越した。過疎の村のさらに山の上。古い農家に居を構えた。その年末も押し迫って、長男が生まれた。小学校までを村で過ごし、中学からは隣の日田市に移った。水泳は母と共にベビーコースから始めたっけ。

by 江副 直樹

老いの身体。

2018.5.31

社会的に言うと、初老の少し手前、くらいだろうか。いや、わが年齢のことである。放って置いても歳は取る。自分の意志とは無関係に時は積み重なる。気分は10代の頃と変わらなくとも、身体は確実に衰える。見た目は若いらしい。実年齢を伝えてしばしば驚かれる。

by 江副 直樹

どんなプロデュースも、まずヒアリングから始まる。だが、それはまだまだ受け身で、こちらとしてはウォームアップの段階。動き出すのはは最初の提案からだ。課題の把握を終えて、解決の道を探り、アタマを回転させるうち、さまざまなアイデアが湧き出してくる。

by 江副 直樹

最近は、ヤマメ釣りは夕方のみ。たかだか1時間ほどの愉しみのために、陽が傾いてからおっとり家を出る。春先は日中でも釣れるが、直に朝と夕にピークタイムは移っていく。基本早起きだけれど、早出は嫌いなので、どうしても夕方になる。もちろん、仕事もあるし。

by 江副 直樹

基本、ドンブリ勘定である。数値より、言葉で伝えたい。定量じゃなく定性ということだ。体調がいまいちのときエクセルを見ると、吐きそうになる。発想にしても、工程にしても、評価にしても、緻密な数値が伴うことが進化のように言われる風潮には、拒絶反応がある。

by 江副 直樹

智の交易。

2018.4.27

いたずらな輸入には、基本反対だ。いや、TTPとか、関税障壁とか、そうした産業系の話ではない。思想やアイデアの話である。かつての仏教だって、その他諸々だって、そうして流入し、普及、定着した厳然たる歴史まで否定しようとは思わない。そうではなくて。

by 江副 直樹

大事なのは日常。いつもそう思っている。非日常と日常。ハレとケなどとも言う。祭りのようなすべてが解放される非日常によって、日常の鬱屈を消すバランスは知恵とは思うが、必ずしも健全とは考えない。人生の大半を占める日常こそが、僕らが築くべき時間だろう。

by 江副 直樹

雲海の上で。

2018.4.11

いまから数年前、ここのえ低山部のY部長は、九重の山麓から平野部に居を移された。お隣の玖珠町との境にほど近く、メサ台地で知られる万年山や伐株山が眼前に迫る好ロケーションだ。玖珠町は日田と同じ盆地だが、さらに標高が高く、400mほどもある。

by 江副 直樹

桜花繚乱。

2018.4.2

毎年のことなのに、幾度となく味わっているのに、春の終わりに心が波打つ。桜はなぜこうも扇情的なのだろう。好きな言葉に、花は桜木、人は武士。というのがある。花の中では、桜に最も気持ちが踊る。なぜだか自分でもわからない。子供の頃からずっとそうなのだ。

by 江副 直樹

内用と外用。

2018.3.16

Macを使い始めてもう随分経つ。相性がいいとはこのことだ。Windowsには手が出なかった。筐体より、画面の醜さに我慢ならない。酷い言い様だが、本当なので仕方がない。そんなわけで、20年ほどのMacユーザーだ。一等最初のマシンのメモリーは、2MBだった。

by 江副 直樹