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SNSの不義理。

2015.6.30

激しい雨音で、夜半に目が覚めた。梅雨空の雲は厚く重い。待ち遠しき入道雲。

Facebookを始めたのは4年以上前。Twitterも重なっている時期があった。その前は、mixiをやっていた頃もあったが、もうあまり思い出せない。いまは、mixiもTwitterもアカウントを削除して、FBとinstaのみ。instaは始めてまだ半年ほど、どちらも毎日投稿中。

どれも僕の考えや感覚、暮らしを伝えられたらと、websiteやblogの行間を埋めるように続けてきた。しかし、近頃変化が訪れている。投稿は相変わらずだが、チェックが疎かになってきた。忙しいのはもちろんだが、それよりも頻繁にiPhoneやMacを開いて、フィードで皆さんの投稿をチェックする余裕がない。時間的なこと以上に気分的な要素が大きい。
僕の周りでも、早々にFBを閉じた人、遠ざかった人が数人いる。甚だ便利なのだが、心地よい適度な距離感をもまた、保たなければならない。世界的に普及したFBではあるが、こうした柔らかな違和感もまた世界共通のような気がする。SNSは爛熟したのかも知れない。それはLINEとて同じこと。僕らは道具に振り回されることを恐れているのである。

大雨は峠を越えた。明日は生協WEB-LABO、午後は日田で打合せ。夜は知人と会食。

iPhoneは肌身離さずを越えて、むしろ肌の一部ようになっているのではないか。

Facebookはすっかり日課となった。ただ、最近は自分のタイムラインで手いっぱい。

instagramはまだ自分のものにできていない。試行錯誤しながら役割を探している。

起き抜けに開き、就寝直前まで眺めているMac。近頃は読書を心がけている。

 

 

 

 

 

by 江副 直樹 2015-6-30 22:10