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前の年の9月末、ヤマメが禁漁に入り、ほぼ時を同じくして、鮎は落ち始める。僕ら釣り人は、その寂寥感をもって冬の訪れを受け入れる。それまで、あれだけアタマとココロを支配していた魚釣りが、唐突に終わり迎え、モードは強引にスイッチオフ。秋風が身に染みる。

by 江副 直樹 

20代のある時期から、このフレーズを使い始めた。諸事情から大学を中退し、家業の米穀店を手伝いながら、釣りやロードバイクに現を抜かしていた頃。大学入学時に思い描いた将来像は消え失せ、北九州の片隅で数少ない親友と夜な夜な語り明かしていた数年間。

by 江副 直樹 

説得の行方。

2019.1.25

プロデュースは編集であるという定義に加えて、プロデュースは説得業だと言うことがある。プロジェクトの局面局面で、他人の意識に働きかけ、考えを修正していただき、逡巡する気持ちを覚悟に変えていただく瞬間が必ず訪れる。推進のための重要なプロセス。

by 江副 直樹 

山の中で育ったわけではない。南の島が性に合うと思い込んだ時期もあった。縁あって、山上の過疎の村に12年暮らした。そこで腑に落ちた。心身がそこに馴染む。僕は山の人だったのか。そう言えば、釣りはヤマメと鮎、どちらも中流以上の山の中。わからないものだ。

by 江副 直樹 

基準を作る。

2019.1.12

もう随分前から腹の底に澱のように溜まっている不満がある。時折、掻き混ぜられて澱は舞い上がり、改めてどんよりした気分になる。それはスタンダードについてだ。基準と言い換えればいいだろうか。新しいビジョンやアイデアが、度々海の向こうからやって来る。

by 江副 直樹 

苔が好きだ。地味で湿っぽい植物だが、いつの頃からか、惹かれ続けている。正確に言うと、苔そのものより、苔むした環境を好む。石庭よりも、苔の庭がいいし、磨かれた新しい石より、苔をまとった古い切石が良い。苔に覆われた景色を見ると心が落ち着く。

by 江副 直樹 

謹賀新年。

2019.1.1

新しい年の始まり。冷え込みすぎることなく、静かな年明け。すぐそばの大原八幡宮も三々五々の人出で喧噪には至らず。ゆっくり歩いて行くと、境内のはずれはもういつものそれ。誰にも邪魔されず新年の空気を吸った。そう、この日は僕の63回目の誕生日でもある。

by 江副 直樹 

年末年始はどんな我が身にも訪れる。年の瀬の雰囲気に押されて、つい来し方行く末をおもんばかったりする。今年もいろいろ考えたり、思い巡らせたけれど、そのひとつに公私の距離というのがある。オンとオフについては、ここ20年くらいで随分心境の変化があった。

by 江副 直樹 

扉はいつも突然に開く。ある日、某大学の先生からメールが届いた。曰く、淡路のプロジェクトについて書いた本の韓国語版が出ていて、それを読んだ韓国の方からレクチャーの打診があるという。以後は、直接連絡を取り合うようになった。日本語がご堪能で大助かり。

by 江副 直樹 

ある日、野暮用でO君を訪ねた。東京から熊本の山間に移住し、いまは貸しコテージや薪販売、NPO運営などさまざまな活動を行っている。コテージと自宅がある広大な敷地。見渡す限りの山、山、山。この場所も山の上。絶景の中に暮らすってこういうことなんだ。

by 江副 直樹 
EZOE naoki

田舎を拠点のプロデュース稼業。その日々仕事雑感、問わず語り。

by EZOE naoki