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日中の熱気が薄れる夕暮れと明け方に、クマゼミもアブラゼミも勢いを潜める夕暮れと明け方に、カナカナカナとヒグラシのむせび鳴く。肌を焼く目眩を伴うような炎暑の背後から、人知れずそっと忍び寄る秋の気配を知らせようと、楚々とヒグラシのむせび鳴く。

僕が暮らす街に接する神社の周辺ですら、ヒグラシの声は朝夕に響いてくるが、さらに山に近づこうものなら、その鳴き声は、より冷涼感を帯びて、森の奥深くから、長く細く染みいるごとく、樹間を抜け、草木を滑り、渓流の水面を撫でながら、我らが耳に、いや胸に届いてくる。それが夕暮れならば、西の空は概ね、美しい夕焼けと変わっているのが相場だ。
蝉の中では、ヒグラシが最も好みという人は多い。寂寥感とも言うべき感情がそこはかとなく呼び起こされる音と時間帯の妙。俳句や短歌で詠われる世界観。もののあわれとは、よくぞ言った。日本人特有の情緒とは、必ずしも思わないが、ここに心の起伏が表れるなんて、なんと美しいことだろう。できうれば花鳥風月。日々僕らは何を見るか、何を聞くか。

朝陽が上がる少し前、暗いうちからヒグラシの声は聞こえる。いい風情だ。

この後、しばらくすると、ヒグラシは鳴き始める。夕焼けは見えるだろうか?

鮎釣りが納竿の時間を迎える頃、森の奥からヒグラシの声が響いてくる。

標高が上がると、ヒグラシはさらに数と元気を増すような気がする。

by 江副 直樹 2017-8-10 10:10