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濃霧と霜の元旦。境内を抜けるとき、参拝客はまだまばらだった。

年が明けた。2017年の初日、僕は61歳になった。30歳以上の自分が想像できなかった20代の頃、まさか自分がこんな老いの領域まで生きながらえるなんて、思いもしなかった。到達してみれば、肉体はともかく、気持ちは高校生の時と、ほぼ変わらない自分がいる。

とはいえ、長いような短いようなわが人生にも、大小の出来事が積み重なり、いつの間にやら身過ぎ世過ぎを覚えてしまった。仕事もまた、思うままに、考えるままにやってきた。修正や改善を繰り返しても、内なる課題は山積していて、その解決を試みることが、すなわち次なる希望であったりする。その継続には盆も正月もない。そんな中の61回目の新年。
日々暮らしていれば、森羅万象に多くを想い、喜怒哀楽は満遍なくやってきて、別離も出会いもやがて星の数。人は誰もが幸福を願っているのに、ときにそれが摩擦を起こす理不尽ももうわからぬではないが、できることなら、自他共に、少しでも喜びを増やし、それを生業としていたいと思う。10代のように夢を見続けて、大人の力でカタチにする2017年に。

本年が、皆様方にとって、佳き年でありますよう、心より祈念申し上げます。

2017、元旦の朝。神官や巫女の姿が見える。朝の散歩は今朝も変わらず。

玄関のしつらいを、少しだけ正月仕様に。餅の上には、敷地の金柑を。

大好きな佐賀タイプの雑煮。唯一、親から引き継いだレシピなのだ。

息子お手製の鳥居を、シンプルな神棚に置いた。皿には東峰村の新米が。

by 江副 直樹 2017-1-1 22:10