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避難生活。

2012.7.13

東京から戻った翌朝、また激しい雨が降り始めた。時を追って雨脚は強まるばかり。

先週7/3の豪雨で、一帯は川の氾濫や土砂崩れ、道路舗装の剥離、断水と被害が出て、村内のお寺に避難したばかりだというのに、雨は容赦なく地面を叩き、みるみる川は水かさを増していった。道路上に濁流が流れ込むのを目安にしていたが、またしても。

大雨洪水警報はとうに出ていた。家はなんとか持ちこたえると思えたが、土砂崩れによる孤立は避けたい。前回と同じ断水の怖れもあった。決心して、家族共々日田市内のホテルに避難することにした。明日の学校のイベントもあるので、2台のクルマで出動。全国に報道されたエリアから少し南下した隈地区へ。筑後川の真横だが、安全は調査済み。
5階の部屋からは、川幅いっぱいを流れる筑後川が見える。雨はさらに激しくなっていった。増水した眼下の川とTV報道とFacebookを呆然と眺めながら、またもや身体の奥がざわざわと波立っている。いったいどうしたのだ。気象台も過去経験がないとコメントする異常事態。もはや、待たせている仕事も手に付かない。今夜も浅い眠りになるのだろう。

折しも、森と山と川の関係を考え直す日田飛騨プロジェクトが動き出している。奇縁。

危険信号。

泥混じりの濁流が道路をオーバーフローする。2週続けてまさかの惨状。

舗装の剥離。

アスファルトの裏側を流水が洗い、次々に浮き、割れ、剥がれる。打つ手なし。

三隈川の堰。

日田市内では、筑後川は三隈川と名を変える。ホテル裏はカフェオレ色の奔流。

雨はさらに激しく。

一旦小降りになった日田市内。ところが、この後激しい雨が延々と降り続いた。

by 江副 直樹 2012-7-13 22:10