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寝坊の週末。恒例の長散歩は、もうフリース要らず。まあ、このまま春とも思えないが。

いつ頃からだろうか、神社仏閣のユニークな造型やしきたりは、いったい誰が決めたのか。きっと誰かがディテイルまで決めているはずで、とても不思議な心持ちになる。デザインという行為は古来よりあったわけで、まるでデザインの本質を覗く想いがしてくる。

この手の議論になると、必ずどなたかが「それは自然発生したのだろう」とか「自然をモチーフに決まったのだろう」とかおっしゃる。僕は、その言説にとても違和感がある。だって、実際にモノを作る現場を想像すれば、材料を調達し、あるサイズに揃え、ときに色を塗る作業がある。最初の雛型は、誰かがその細部まで決めたのだ。きっとある意図に従って。
狭義のデザインは、材、色、形を決めるものだ。グラフィックから建築まで、それは変わらない。それを決めなければ、モノづくりは終わらない。寺院、神殿、装束、神事のプログラム。いずれにもデザインのプロセスがある。そんなことを考え始めると、すべての成り立ちに隠れているであろう根拠が、何者かの意志が気になるのである。さあ、皆さんはいかが?

今日は友人デザイナー一家が来訪。明日は日経BPの方がお見えになる。来客が増えてきた。

この可笑しな形。

外国から伝来したのだという説もピンと来ない。初期モデルはいったい誰が?

心落ち着くデザイン。

こうした造型を最初にイメージした人物は、一種人間の器を超えたいわゆる希人だ。

どれも気になる。

手水場ひとつとっても、なぜこのような素材、色、形、風習になったのだろうか。

鰯の頭と柊。

真冬に初穂が祀られる。その下には奇っ怪な柊と鰯の頭。盆地に鰯はいなかったろうに。

by 江副 直樹 2014-3-2 22:10