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20代のある時期から、このフレーズを使い始めた。諸事情から大学を中退し、家業の米穀店を手伝いながら、釣りやロードバイクに現を抜かしていた頃。大学入学時に思い描いた将来像は消え失せ、北九州の片隅で数少ない親友と夜な夜な語り明かしていた数年間。

順調に歩いていた同級生たちは、就職し、ピカピカのサラリーマンになっていく。僕は結論を先延ばしにしつつも、徐々に追い詰められていた。すべての休日を費やしていた魚釣りはやたら面白かったが、家業を継ぐ覚悟も意欲もないまま、夥しい本や雑誌を乱読し、葛藤の中で逡巡するばかりで、もがき悶えていた。若さの前借りとは、その気分を言ったものだ。
寄り道、道草の先が何も見えない。あの頃の焦燥感と言ったらまさに身を焦がすようだった。20代の終わり、公務員になることを企んだが、当ては向こうから外れて、僕は更なる迷走を続けていた。それがなんの因果か、30代目前でコピーライターになった。そしていまはプロデュースへと進み、社会を編集するような日々。前借りは追々返していくつもりだ。

中学1年生。バスケを始める少し前。若さの前借りのもっともっと前。

20代後半。ブルータスのツール・ド・フランス特集に染まった挙げ句。

by 江副 直樹 2019-2-1 3:03 
EZOE naoki

田舎を拠点のプロデュース稼業。その日々仕事雑感、問わず語り。

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