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感覚の復権は、僕の中ではここ数年の大テーマだ。過剰な数値化、それ以外の無謀な切り捨て。冷徹な合理性に見えて、実は未熟な科学に止まっているような気がしてならない。その違和感を伝えたくて、さまざまな表現を探っているのだが、今回はこの言葉に辿り着いた。

破調は、安定したリズムの中の心地よい乱れとも言うべき何か。余白は、空きスペースをいたずらに埋めることなくそのままにした空間的余裕のごとき何か。破調は、崩しという言い方もできる。整いすぎることの退屈。乱れが産み出す色気。余白は、遊びと言い換えられようか。無駄に見えるが、余白にしかできない特別な役割がある。主役だけでない演劇。
数字で宇宙を解き明かす数学を、情緒であると喝破したのは希代の大数学者、岡潔。僕は、岡のような解釈を施してみたいのだ。世の中を、縦と横の直線だけで構成するような野暮はご免被りたい。自然界に直線は無いと言ったのは、ルイジ・コラーニだったか。進化が幸福に向かっているのなら、詩情を伴わない日々はそこに寄与していない。美は乱調にあり。

彼岸花の造型はひときわ奇妙だ。部分ではなく全体を成すときの妙。

朝陽に透かされる楠の落ち葉。虫喰いの穴があり、染みがある美しさ。

何が原因なのか、実が落ちていたコムラサキ。しかし、それがまた。

ハカマが立派なクヌギの実。確かに直線なんてどこにもないなあ。

by 江副 直樹 2018-9-8 11:11 
EZOE naoki

田舎を拠点のプロデュース稼業。その日々仕事雑感、問わず語り。

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