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水位は徐々に下がってきたが、また直に嵩を増すだろう。梅雨は本番へ。

プロデュースなんぞをやっていると、綿密な準備と周到な計画で前に進んでいると思われがちだ。もちろん、ある程度の準備、計画は当然存在するが、そこを緻密に組み立てて、後はそれを実行していくだけ、なんてことはない。まったくない。あるわけがない。

物事が始まる前に、想像力を駆使してプランが編まれる。そこに共感や理解が集まって、具体的なプロジェクトとしてスタートを切る。実行に先立って、可能な限り、明文化され、数値化される。発案者のみならず、多くの人々を巻き込んで計画は進むから、そういう皆さんにも理解を得るために、それらは仕方なく行われる。つまり、手続きとして言語化される。
ところが、実際の現場は常に混沌。想定は日々覆される。戦術はその場その場で修正を迫られる。モデルもマニュアルもない。判断は直観に頼るしかない。瞬間的な決断はアドリブで対応しなければ、機を逃す。但し、曖昧は未成熟ではない。茫洋としたその中にこそ、答は隠れている。本当の推進力。それは、日常で鍛えられた直観とアドリブなのだという話。

今日は学校やら、webやら、中国やら。明日は花火や長崎やオランダについて。

企画は、手続き化した時点で、死ぬと思う。曖昧なまま、掌に置いておけるか否か。

曖昧な要素を排除したとき、僕らは未来への可能性も捨て去っているのだと思う。

視点を自由に変えられること。マニュアル化は、視線の硬直化と気づくべきなのだ。

可能性は明確には見えない。混沌の中に漂うその存在にどれだけ気づけるか?

 

 

 

 

by 江副 直樹 2015-6-10 22:10