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東京は寒いと聞いたが、それほどでもなく。ビル内は相変わらず暑いけれど。

季節はほぼ冬にシフトした。紅葉が終わって、落葉が激しくなり、霜が降りる。それに伴い、景色は日に日に色が抜けていくのだ。いわゆる冬枯れ。寂しいようでいながら、僕はこれが嫌いではない。冬には冬だけの美しさが、現れるような気がするから。

一方で、さまざまな植物を間近で見ていると、数々の発見がある。例えば、広葉樹系の木々は冬に一旦小さな死を迎えるような印象を抱きがちだ。しかし、葉を落としたその枝の先には、すでに翌年のための瑞々しい葉蕾が、しっかりと用意されているのを知ると、自然はなんと逞しいのだろうと思えてくる。まるで人生をリセットするがごとく。
枯れ野と化した草地もまた、春の足音を聞く頃、鮮やかな緑の葉を伸ばしてくる。雪さえ積もった大地の下で、根を張って満を持していたのである。 新たな生の始まり。さらに、枯れ草の合間には、夥しい種子がばら撒かれ、それもまた次の生命をつなぐ。それは枯れることはない。その他の季節同様、冬の野山には、生命の息吹が充満している。

明日、日生協の定例会議を終えて福岡へ。翌日、打合せや学校の後、ようやく帰村。

コスモスの終わり。

冷たい朝露に覆われて透明感を増したコスモスの花弁に朝陽が当たる。

美しい亡骸。

来年の夏の終わり、ここにはまた美しいコスモスが花開く。その不思議。

妖怪に見える。

枯れた花の上に霜が降り、絡みついた蜘蛛の巣に朝露の数珠が下がる。

オブジェに見える。

花が枯れて、茎もそろそろ朽ちていく。しかし、これは荘厳な生命の始まり。

by 江副 直樹 2012-12-4 22:10