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日々の風景。

2015.8.29

土曜日と日曜日はゆっくりと長散歩。いつものコースから少し遠出をする。

日常と非日常などと言う。ハレとケなんて言い方もするときがある。つまり、日常とは取り立てて何かが起こるわけでもない、昨日の延長の今日があって、きっと今日と大きく変わらない明日の到来が予想される日々のこと。非日常はそこからの逸脱。多くは歓喜を伴う。

祭りはその最たるものだろうが、個人の暮らしの中には、大小の非日常がある。休日とその時間に、いつもはできないプログラムを企てていて、ここぞとばかりに実行する。僕で言えば、かつての釣りはまさにそうだった。休日の夜討ち朝駆け。何本も川を巡り、後ろ髪引かれる想いで釣り場を後にする。クタクタになるけれど、高密度の時間を過ごした。
しかし、いつの頃からか、日常こそ重視すべきで、休みを指折り数えるより、毎日の暮らしを改善できないかと思い始めた。目線が変わると同じものが違って見える。考えるべきは日常こそ。過疎の村への移住はそのひとつの到達点だったかも知れない。いまでは、毎朝の散歩や遠征とは無縁の短時間の釣りや山遊びが普通になっている。麗しきは日々の風景だ。

早9月の声が聞こえてくる。鮎は体躯を増して、僕の囮を待っているに違いない。

庭に一輪だけ咲いた女郎花。小さな花をたくさんつける。蜘蛛が遊びに来た。

日々の風景02

お向かいの柿の実が落ちていた。肌が魅惑的で門柱に乗せて眺めてみる。

 

 

by 江副 直樹 2015-8-29 22:10