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7月5日の夜に、激しさを増した雨は、その後も断続的に降り続き、未曾有の被害となった。復旧作業はようやく端緒についたばかりだ。5年前の残像の生々しさがいまだ潰えないこのタイミングで、またしても天は人間に過酷な試練を与えたのか。友人知人の顔が浮かぶ。

居てもたってもいられなくなる。すぐにでも駆けつけたい衝動に駆られる。しかし、と自分の中で声がする。現場に行って、本当に助けになるのか?本当に役に立つのか?鎮めたいのは自分の気持ちではないのか?自分には自分の役割がきっとある。その機会はすぐにはやって来ないかも知れない。あの東北にも、足を運んだのは数年後だった。悶々は消えない。
実は、5年前の九州北部豪雨の際は、僕ら家族は被災者だった。当時住んでいた東峰村で、裏の石垣が崩れ、道路が川となり、山が崩落し道を塞いだ。直接の被害は軽微だったが、避難を2度経験した。なのに生まれる逡巡。そうだ、初冬にある集落の山の神の祭りに、釣った鮎を届ける毎年の約束もあったっけ。僕のいざ鎌倉は、なにが鎗になるのだろうか?

5年前の水害の直前。田植え前の棚田。人は水と共に生きてるのに。

明日は必ずやって来る。美しい朝陽を連れてやってくる。もうすぐ。

by 江副 直樹 2017-7-12 13:01