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暖かで穏やかな九州。そこからは想像もできない惨状が遠く東北に広がっている。

かつてない経験だ。観測史上最大の地震に、想像を超えた津波が傷口を深くえぐった。被災者の方々が置かれた状況を想い落ち着かないが、何もできない自分に嫌でも気づかされ愕然とする。萎縮する気持ちがついつい身体を満たそうとする。

不謹慎という言葉がある。不幸に見舞われる人たちを気遣って、追い打ちを掛けることはもちろん、楽しげなことまで控えようという空気感。憐憫の情とも取れるが、事を荒立てない本能とも考えられる。ごく自然な心情と思うが、ここに押しつけが起こるなら事情は変わってくる。強制される不謹慎の排除は、尊さとは逆行する気がして仕方がない。
すべての人が同じ哀しみに沈んでも、それは真の解決にはならないのではないか。 ましてや、その場に赴くことさえ困難な災害なら、自分の持ち場を離れず、粛々とやれることを続けるほうが、結局は巡り巡って貢献できるのではないか。それがスポーツでも音楽でも。花が咲くのは自然の摂理だ。その美しさに救われる人もきっといると思う。

いま、できるのは義援金くらい。ほかに何が可能なのか、もう少し考えてみるつもり。

梅は咲いたか。

どんな事態になっても、毎年その季節に花は咲く。必ず咲く。

そろそろ水仙。

春の気配が漂うと、地表を押し上げて現れる水仙が待ち遠しい。

青く小さな花。

春風が吹き始めると咲く青く小さな花。東北にもきっと咲いている。

土手には菜の花。日当たりのいい河畔などは、この時季黄色い菜の花が辺り一面に。
by 江副 直樹 2011-3-14 22:10