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梅雨がいまは梅雨なんだと強い主張を繰り返す。上がったのも束の間、また本降り。

忙しさの基準、その臨界点は人それぞれだと思うが、僕は思うように釣りに行けない時に加え、読みたい本をじっくり読めない時という目安がある。ここがうまくいかない状態は、なにかが間違っていると考えるようにしている。人生設計の失敗とか。

釣りに比べれば、読書は合間合間の時間を拾って、項をめくることができるから、工夫次第でなんとか好転させられるはずだ。日常生活の中での筆頭は、やはりトイレのひとときかと思われる。毎朝、一定時間を鎮座して過ごすのだから、その際に本や新聞が手に取られるケースは多いだろう。分母庵のトイレにも本を積む台と、柱にはラックが備わる。
とはいえ、読了まで座り続ける時間も体力もないし、読書は常に細切れで行われる。しかも、複数の書籍を巡回したり、まったくもって落ち着きがないが、活字を追ってのしばしの没入は、朝食後の欠かせぬ愉しみになっているのは疑いがない。発展途上のわがライフスタイル。日々の暮らしにたっぷりの読書が織り込まれるのは、さていつの日か。

明日は1日デスクワークになりそうな予感。腹を括って集中するしかあるまいて。

この風景に和む。

分母庵のトイレはちょっとした広さがあり、ゆったり気分が味わえる。

積ん読にはならぬよう。

興味の赴くままに本を選ぶ。ネット通販の恩恵はこんな村にこそ。

時に書籍、時に新聞。

いま読んでいるのは、湯川秀樹博士の「目に見えないもの」。好著。

窓を開ければこの景色。

ここには朝陽も風も入ってくる。登校する子供たちを見送ることも。

by 江副 直樹 2011-6-15 22:10