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東京は晴れ。九州に戻っても、暑くもなく寒くもない。少し夏、少し冬。

お盆の頃だったか、2日ほど家族で分母庵で過ごした。引っ越しに向けた片付け目的だったが、時は夏、子供たちは虫捕りに夢中になった。蝉や蜻蛉に加えて、次男が一匹の蟷螂を捕まえた。仮住まいに持ち帰ると言って聞かない。狭いアパートに小さな虫籠。

すぐに名前がついた。蟷螂だからカマー。虫籠には、土を入れ、草を植え、割り箸を渡し、毎朝霧を吹き、バッタを捕まえては与えていた。ある日、事件は起きた。脱皮に入っていたカマーを気遣って、身体に触った途端、落下。哀れ、カマーは脱皮に失敗。不自由な身体のまま生き延びた。ここから、家族によるケアは密度を増した。担当は次男。
すぐに息絶えるかと思われたが、どっこいカマーは逞しかった。差し出す水を飲み、ササミの欠片をむしゃむしゃ食べた。可能性は低いが、次の脱皮で回復することがあるらしい。しかし、秋が近づいてもその気配はない。穏やかな日々が過ぎた後、カマーはついに動かなくなった。号泣する次男。僕らも泣きそうだった。外は涼風が吹いていた。

幾つかの宿題がこなせていない。仕事の量と質を真剣に考える時期に来ている。

こんな身体でも。

遊び場で寛ぐ(多分)カマー。脱皮直後は動きが鈍かったが、徐々に素速くなっていった。

水を飲むカマー。

脱脂綿に染み込ませた水を美味しそうに(多分)飲む。欠損した鎌がとても痛々しい。

墓をつくった。

しばらく前に死んだ猫のチャランの墓の横に、小さな墓を建てた。供物を添えて埋葬。

また号泣。

埋葬の瞬間、また泣き出した次男。愛するものの死に向き合うことは実に得がたい体験だ。

 

 

 

by 江副 直樹 2013-10-31 22:10