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そもそも論。

2017.5.17

前回、コンセプトの裏側に言及した。教養という土壌に伸びて、栄養を集めてくる根っここそが、コンセプトを形作る。それが地表からは見えないという事実は、必然的であり、象徴的である。コンセプトは目にも見えず、手にも取れない抽象なのだ。軽視される所以。

コンセプトは属人的に立ち上がってくる。創業者とか、パイオニアが、伸ばしに伸ばした根っこから幹が生まれる。幹ができれば、枝や花や実は勝手に育つ。この頃になると、体制は組織化されていることが多い。しかし、人数が増えるとコンセプトは、薄まったり、濁ったり、変わったりする。後続者が、せっかくの新種の苗に、ありがちな接ぎ木をしてしまう。
コンセプトは羅針盤なので、迷ったときは起点確認ができる。これをそもそも論という。最初に帰る。原点回帰。埋もれてしまったコンセプトを掘り出せるか。問うべきは、HowではなくWhy。しかし、広大なカオスの海に飛び込める知力と体力がなければ、波打ち際を右往左往するだけ。そこには焼き直しやアレンジしかなく、根本解決は一向に近づいてこない。

枝の張りとほぼ比例して根は広がっているものらしい。見えないけどね。

どんな小さな花でも、根っこから運ばれる栄養で育てられる。

 

by 江副 直樹 2017-5-17 14:02